比叡山と蕎麦

五穀断ちと蕎麦:千日回峰行

 伝教大師最澄は延暦七年(788年)に比叡山延暦寺を建てられた。そこには色々な修行が
ある。中でも荒行の一つ「千日回峰行」は別名「回峰地獄」と言い、比叡山山中を七年で千日
間お経を唱えながらひたすら歩くもの。その距離は地球一回り四万キロメートルに及ぶ。修
中、行者は五穀と塩断ちをする。一般に米、麦、粟、豆、稗(ヒエ)又は黍(キビ)をいうが、比叡
山では米、大麦、小麦、大豆、小豆だ。ここでいったい何が許されるのかと疑問が沸く。行者は
蕎麦と野菜などを食べて、修行に励むと言う。今も、この行は途絶える事無く続けられている。

蕎麦食い木像:親鸞聖人の伝説
 
 
 若き修行層の親鸞は、夢のお告げで京都の六角堂へ百夜の参拝を続けた。夜になると、寺
を抜け出す親鸞を見て、同僚の僧達は、京の女性のもとへ通っているに違いないと噂をしてい
た。親鸞が比叡山を留守にしているとき、延暦寺の高僧はその噂を確かめるため修行僧を集
め、蕎麦を振る舞った。その際、親鸞が自分の祈る姿を彫った木像が、修行僧らと一緒に蕎
麦を食べたということだ。
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